神奈川県伊勢原市 開基 行学院日朝上人 のお寺

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開基 行学院日朝上人のお寺。

【行学院日朝上人の出家】

行学院日朝上人(以下日朝上人)は応永29年(1422年)5月5日に、伊豆宇佐美村にお生まれになりました。
数え8才にて一乗院日出上人(三島本覚寺の開山上人)に見出され、出家し修行と学問に励みました。

【身延山第十一世法主となる】

  そして41才の時に、身延山久遠寺の第11世法主になられ、宗門の統一、学僧教育の確立、身延山の整備拡張、500巻に及ぶ著述、そして、生涯を掛けた関東一円の新寺建立40余ヶ寺等々、業績は正に数え上げればきりがありません。
 爾来、日蓮宗では、日朝上人を「宗門中興の祖」と仰ぎ、その業績を讃えて参りました。
 日朝上人は、宗門興隆に心血を注がれましが、61歳の時、遂に無理が祟り、両眼を失明されてしまいました。

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【眼病を克服する】

 しかし、その厚い信仰の力でこれを克服され、「眼病消滅本尊」をお書きになられ、後世、法華経を信仰する人が眼病で苦しんでいたら、守護して平癒させると言う願を立てられました。以来、「目の神様」、「学業の神様」として多くの人々より親しまれ、今日に至っております。

【法泉寺の由来】

「長光山 法泉寺」は、当時日朝上人の師匠一乗院日出上人に師事して鎌倉本覚寺と三島本覚寺を行き来していたと思われます。身延の法主になられる10年前(西暦1453年頃)に、僅か31歳で法泉寺を建立され当山開基上人として伝えられています。